先日15年ぶりに会った友達Rさん。
40数年前私が大阪で初めて就職した時の一つ下の後輩でした。
彼女は明るくて笑顔が素敵な女性でした。
会社の寮で同じ部屋、同郷の私達はすぐに仲良しになりました。
私が寮を出てアパートを借りた時、彼女も同じように寮を出て同じアパートに引っ越してきました。
あちこち一緒に遊びに行き、いつも一緒でした。
そして、数年後私が鹿児島に帰ってきた時、彼女も帰ってきました。
鹿児島に帰ってきてからもよく遊んでいました。
彼女の実家とは海を挟んでいたので少し距離がありました。
手紙を書くのが好きな彼女は綺麗な字で近況を知らせてくれました。
お互い結婚してからも手紙のやり取りは続いていました。
彼女は地元では資産家の家に嫁ぎ、家族で旅行にあちこち行き、旅行先からの便りもありました。海外とかも行ってましたね。
たまに会うとブランドのバックを手にし幸せそうでした。
子供達も有名大学に通わせ私は凄いなと思っていました。
そんな彼女と比べ私は平凡な慎ましい暮らし。
そんな中彼女からの手紙の中で、私はカチンとした事がありました。
今、思えばそれはとても些細な事です。
私の心の中に彼女への嫉妬心もあったのでしょう。
なぜか許せなかったのです。私は小さな人間でした。
そんな事があり彼女と疎遠になってしまいました。
数年後彼女は更年期障害がひどくて鬱状態であると共通の友達から聞きました。
何年かその状態は続いたようです。
昨年彼女から久しぶりに手紙が届きました。
長女に孫が産まれ、嫁ぎ先からのお土産も一緒に送られてきました。
私も彼女の誕生月だったのでプレゼントを送りました。
少し彼女との距離が縮み嬉しくなりました。
私は彼女が元気になってよかったと安堵しました。
そんな時に共通の友達が三人で会おうと計画してくれたのです。
自分からは言い出せない事だったので嬉しい気持ちでした。
彼女と会うのは15年ぶり、わだかまりのあった私の心も時と共にやわらいでいました。
どんな顔で会おうかな?すぐにわかるかな?
待ちあわせ場所に現れた彼女は、初めて会った時と変わらず素敵な笑顔でした。
お互い歳はとり白髪やシワは増えましたが、気持ちは10代から20代ともに過ごした時のままでした。
あれから色々あったよね。
彼女は父母、義父母4人を看取り、モラハラ夫に耐えてきた事など明るく話した。
まるで昭和一桁時代の女の一生だ。
彼女は子育てしながら認知の母と義母二人を同時に見ていたようだ。
今、彼女はやっと自分の時間が持てるようになったと話した。
モラハラ夫も前よりは少し良くなってきたと。
今まで尽くしてきたあなたは偉い!
そして4人を看取り死生観で思う事もあると言っていた。
私は彼女の人生これからだね。思うように生きなさいとエールを送った。
そしてこんな私の友達でいてくれて有難う。
最後までおつきあい有難うございました。
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