pannsukiのブログ

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認知症の母をみてきて 

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母が認知症になってから何年経つのだろう。

父が亡くなりしばらくしてから発症した。確か70代後半としても15年以上になる。

最初の頃は財布がなくなったから始まりました。

認知症の初期症状の頃からずっと見てきて、今は寝たきり介護5になりました。

話す事も食べる事も出来ず、チューブに繋がれ生きながらえています。

 

昨日も面会にいったのですが、何か話そうとしているけれど聞き取れません。

私の事を理解しているのか?

何を言おうとしているのか?わからない。

こちらも顔を近づけなんとか言葉を聞き取ろうとするのですが…

発せられる言葉は「あっ…」と口が開くだけ

でも何か言いたげな表情。

「ごめんね。わからないよ。どこか痛い?大丈夫?」

何もしてあげられず、ただ手を握り、顔を撫でる事しか出来ない。

面会時間も限られていて、後ろ髪惹かれる気持ちで帰るしかない。

身体は頑丈で元気で社交的だった母の姿は、やせ衰え骨と皮だけになり、身体は硬直している。

 

認知症になった始めの頃は、ディサービスを利用していました。そのうち徘徊や下の世話など実家で生活するのが難しくなりました。

そして、住宅型有料老人ホームに入居しました。

ここは6人位の軽度の認知症の人達がシェアハウスのような形で普通の家で暮らしていました。この家での暮らしはとても楽しそうで良かったのです。

リビングに集まり話しをし、母も生き生きしていました。

昼間はそこから隣のディサービスに通いゲームなどしていたようです。

ところが、ディサービスには外部の方も通っていてそこでトラブルをおこしたようです。

トラブルが続き、とうとう住宅有料老人ホームを退去となりました。

そして同じ系列のグループホームへと移る事になりました。

グループホームはディサービスに通う必要がなく、全てホームの中で過ごすのです。

しかし、ここでもトラブルがありました。

世話好きの母は、車椅子の方を押してあげたり、他の人の部屋に入ったりしたようです。

夜母が寝ないからと言って、施設から私に電話がかかってきます。

その度に私は施設へ出向き、母を寝かしつけていました。

母が寝たらこっそり施設から帰っていました。夜中になることもあります。

母もこちらの施設の職員さんの中に嫌な人がいたようで、見えない所で「アッカンベー」してました。

対応のきつい人とか認知症でも分かるんでしょうね。

そのうち、そこの施設からも追い出されてしまいました。

これ以上うちでは見れません。他の施設へ移ってくださいと言われました。

私は泣きそうでした。いや何回か泣きました。

すぐに変わりの施設は見つかりません。

 

まだまだ続くのですが…長くなりました。

今日は伝えたかった事にたどりつけませんでした。

認知症は進行していきますが、よくなった時がありました。

その話しをしたかったのですが、続きは明日にします。

最後までおつきあい有難うございました。